『  幸福な王子   』     

 

 

 

 

 

 

   うぉ ~~~~~  い  ・・・・・ !

 

島村ジョーは 精一杯に伸びをして身体中から出た ・・・ と思しき声を上げた。

いささか傍迷惑な音声だが ―  まあ ここでは心配はないだろう。

「 う ~~~~~ ん ・・・!!  いい気分だァ ・・・・ っと!

 いっけね、 仰せ付かった任務を完了しなくっちゃ ~~ 」

ご機嫌ちゃんで ぶん・・・! と手にした籠を振り回すと 彼はスタスタと裏庭に歩いていった。

 

  ― 崖っ縁に建つ ・ ちょいと古びた風情の洋館 ・ ギルモア邸。

そこには白髪・白髭のご老人と ( 彼が当主らしい ) まだ若い、夫婦と思われる男女が住んでいる。

町外れのその辺鄙な土地は 見かけほど狭くはなく、洋館の周辺には緑地が広がっていた。

屋敷の住人たちは 庭樹を植え花壇をつくり、裏庭にはささやかな野菜畑やら温室などもあり

この地での暮しを楽しんでいる風情だった。

 

「 え~~と・・・ 温室で スナップエンドウ と プチ・トマト ・・・ だったよな。 」

青年はぶつぶつ言いつつ ビニール・ハウスの入り口を潜った。

「 ふんふん ~~♪  エンドウ エンドウ ・・・っと ・・・ お。 イチゴがまだあるじゃん♪ 

 んん ~~~ 美味~~~♪   おっと~ 任務を忘れてはイケマセンな~ 」

彼はハウス内をあちこち移動して たちまち籠の中は 任務完了 状態となった。

「 ・・・ふんふん~♪ これでよし・・・っと。  おっかないウチの奥さんもご満足でしょう~ 」

またまたイチゴを二つ・三つ口に放りこみ 彼は弾む足取りで温室から出て行った。

「 ・・・ フラン~~~  野菜、 取ってきたよ~~~ぉ ・・ 」

やがて実にお気楽なほわ~んとした声が 屋敷の勝手口へと消えていった。

 

 

なんとものんびりとした そして シアワセな風景である が。

そもそも シアワセ  なんてものは全く主観的な事柄であり ・・・ 万人共通のシアワセ ・・・

などというモノは 存在しないのではないか。

現に この・・・ 島村ジョー というオトコ ・・・・ 本人に言わせてみれば。

 

「 え? ぼく?  ・・・ うん ・・・ うふふ ・・・ シアワセです♪ 

 そりゃ・・・・ いろいろあったけど。 今はァ~~ 超~~シアワセってとこかな~ 」

端正な顔を いささかびろ~~ん・・・と間延びさせ、屈託なく笑う。

「 どうしてかって?  あ~~ ・・・ 結婚したんです、ぼく。  

 へへへ ・・・ そうなんです~~ いわゆる・新婚サン なんですよぉ~~ 」

あっそ・・・! と聞いたほうが鼻白みたくもなるほどの甘~~~い笑顔である。

一応 お愛想で 奥さんはどんな方ですか と聞いてみれば。

「 ぼくのオクサン?  えへへ ・・・ いっこ年上なんだけど~ 美人で可愛いくて優しくて。

 えへへ ・・・ ぼくって世界で一番らっき~~なヤツかも~~ 」

はいはい 御馳走様 ・・・と言いたくなる答えが返って来る。

  ・・・ よ~するに。 このオトコ ・・・ 世の中の < 新婚ほやほや亭主 > の典型・・・らしい。

 

 

 

「 フラン~~~  はい 野菜。 これでいいかなあ~ 」

勝手口からキッチンに入り 彼はシンクの前にいた オクサン に声をかける。

「 あら ジョー ありがとう。  まあ美味しそうねえ~~ さすが詰みたてはちがうわ~ 」

「 ね?  朝御飯に最高のゼイタクだよねえ。 」

「 うふふ そうね。  じゃ さっそくこれでサラダを作るわ。 」

「 お願いします~~  あ ・・・っと? 」

「 え? なあに ・・・   きゃ ・・・ 」

彼は野菜籠を渡すとその腕で 新婚のオクサンを抱き寄せ~~ 唇を盗む。

「  ・・・ んん ~~~ っと。 お早う のゴアイサツで~す♪ 」

「 ・・・ もう ・・・ジョーったら。  ・・・ イチゴ、つまみ食いしてきたでしょう?? 」

「 でへ・・・ バレたあ? 」

「 ジョーのキス ・・・ イチゴの味でした。 」

「 でへへへ ・・・ まだ摘み残りがけっこうあってさ。 美味いよ~ 」

「 そうなの? それじゃ 今晩のデザートはウチのイチゴにしようかしらね。 」

「 あ いいねえ それ。  うふふ~~ん♪ ウチで採れたイチゴがデザート・・・なんて

 こんな生活、 ぼくには夢みたいだよ。 」

「 あ~ら 夢なんかじゃなくってよ?  さあ朝御飯にしましょ。 」

「 うん  あ いい匂い~~  オムレツだね。 」

「 そうよ。  あ ・・・ たまごやき の方がよかった? 」

「 ううん~~ きみが作ってくれるものならばなんだって 大好きさ♪ 

 ・・・ ホントはきみを食べたい~~ けど。 」

「 こ~ら!  ほら朝御飯にしないと、仕事、遅刻するわよ~~ 」

「 ・・・ う~~ん ・・・ こんな朝 って。  こんなシアワセな朝~~ 夢みたいだよ~ 」

ジョーは もう顔中笑みでいっぱい ・・・というよりかな~り ユルんだ表情で

やっと食卓に着いた。

パリパリのトーストに オムレツはとろり~と 野菜サラダはしゃきしゃきに新鮮 ・・・

その上に交わす視線はどこまでも甘ァ~~く  ― 要する激甘・新婚サン なのだ。

「 イタダキマス。  ・・・ う~~~ん ウマイ♪  これで人生なんでも巧くゆく気分~ 」

「 まあ ・・・ も~~ ジョーってば大袈裟ねえ・・・

 ああ でもお仕事、 どう? どんなカンジ?  ・・・ 上手くやってゆけそう? 」

「 うん。  なかなかいいセン、行ってると思うな~

 出版社 とか初めてなんだけど。  車関係のこととかも扱えそうだし ね。 」

「 まあ それはよかったわね。  」

「 うん。  きみも頑張っているんだもんな~~  」

「 うふ♪ 一緒に ― 場所はちがっても、一緒に頑張りましょ。 

 ジョーも頑張っているんだ~ って思えば わたし パワー全開ですもん。 」

 チョン ・・・と投げキスがとんできた。

「 ぼ く も♪  あは♪  し  あ  わ  せ ♪  」

 

 

  こののほほん・オトコ ・・・ 客観的にみたら <シアワセ> どころか

とんでもない大ハズレ ― いや 波乱万丈の人生を送ってきている。

人生の出だしからして 大ハズレ。   父親 : 不明  母親 : 死亡。

彼は教会の施設で育てられ ・・・ ごく質素に育った。

その容貌を最大限に生かして 芸能界にススム・・・とかもせずに地味でひっそりした人生を

歩む ― はずだったのであるが。

とんでもない運命のイタズラに翻弄され とんでもない人生を生きるハメとなったのである。

 

客観的にみたら このオトコ、超~~マイナスな人生に転落した ・・・はずなのだが。

運命は彼に最大の幸福を 用意してくれていた。

 

    ―  そう  ・・・ 彼は 彼女と 巡り合った のである。

 

 

「 ・・・ 一目惚れ だったんだ ・・・ 」

後に 彼はぼそぼそとコクハクした。

「 顔、よく見えなくて。 ちょっと雰囲気が兄に似てるなァ・・って ・・・ 」

後に 彼女はこっそりコクハクした。

 

 

  ・・・ その後、紆余曲折の日々があり ― 彼らはやっと穏やかな・普通の日々 と 

安住の地を得ることが出来た。

ジョーは 生まれ育ったこの国に住まうこととなった。 

  ― そして!  なによりも  

 

   彼は 巡り合い一目惚れした・彼女を  < カノジョ > にすることができ♪

   その上 なんと !  永遠の愛 を誓うまでに漕ぎ着けたのだ!

 

 

「 応援するから!  フラン、頑張れよな! 」

「 ありがとう ・・・ ジョー! 」

ジョーは 真剣な顔で恋人の手を握った。  どちらかというと 親友を励ます・・・風味だったけど。

でも 彼女は本気で感激し涙ぐんだ。

「 ・・・ 嬉しいわ ・・・ わたし ・・・ジョーにそう言ってもらえて ・・・ 

 なんだかとっても勇気が湧いてきたの。 」

「 ぼくは専門的なことは何一つわからないけど。 フラン、きみを応援するよ。

 ウチの仕事とか気にするなよ。  ぼく、これでも施設でちゃんと食事当番、やってたから。

 洗濯だって 任せとけ!  」

「 ・・・ ジョー ・・・ ありがとう!  あの  洗濯はねえ・・・ 博士とイワンが開発した

 <入れればあとは仕舞うだけ>式洗濯機があるから 心配ないわ。 」

「 え・・・ あ そ そう?  あ~~ でもさ、やっぱこう~~ お日様の下に乾したいじゃん?

 ここは風がよく通るから パりっと乾くぞ~~ あ! 布団干しも任せとけ! 」

「 そ そんなに張り切らなくても ・・・ ジョーだって忙しいのに ・・・  」

「 いやいや フランソワーズ。  ジョーにやらせておきなさい。

 なにごとも最初が肝心、 というでな。 」

ギルモア博士が にこにこしつつも口を挟む。

衣食住が落ち着けば 若いモンは明日への希望に向かって歩き出すものだ。

「 ワシはなあ  お前たち皆がそれぞれの望む道を歩んでくれることを願うよ。

 ・・・ 今更ワシが言えたことではないが な ・・・ 」

「 博士! それは言いっこナシ ですよ。  

 ぼくはフランがフランの夢を叶えるために! 全面的に協力するんだ。 」

「 ジョー 本当にありがとう。  でもね、 ジョーの夢は?  ジョーだってやりたいこと、あるのでしょう? 」

「 え ・・・ あ  うん ・・・  ぼくの夢は ね。  ― きみ。 」

「 え?? 」

「 えへ・・・ あの さ。  きみ を幸せにすること、さ。 」

「 ・・・ ま あ ・・・ 」

あまりにあっけらかんと そして にこにこ ・・・ 明るい笑顔で言ってのける彼に

彼女はぽか~んとしてしまう。

「 お~~ ?  ジョー、 お前 言うなあ~~ 」

博士も苦笑気味だ。

「 え? そうですか?  ぼく、 本心からそう思っているんですけど。 」

他の、普通の青年が口にしたら 胡散臭がられるかドン引きされるか ・・・ な発言なのだが

なぜか ― 彼、島村ジョー が言うと 素直に受け取れた。

「 ・・・ そ  そう ・・ なの?  嬉しいわ。  」

「 うん! だから 頑張れよ。  練習とか ・・・ たくさんあるんだろう? 」

「 あのね。  バレエ・ダンサーは毎日レッスンを重ねて行くの。

 その先に 舞台があるのよ。 」

「 ふうん ・・・ スポーツ選手とかと似てるんだね。  」

「 そう ・・・ かしら ね。 」

「 ともかくきみはきみの選んだ道をゆけよ。 」

「 うん。 ありがとう!   ・・・ ジョー ・・・アナタって本当にいい人ね ・・・ 」

「 え?  え~~ そんな風に正面から言われるとぉ~~ ははは ・・・ 」

ジョーは今更ながら 真っ赤になり ― それでもとてもとても嬉しそうだった。

 

    このヒト  ・・・ 本当にピュアなヒト なのねえ ・・・

 

彼女はつくづくと 彼女のいまや公認となった <カレシ> を見詰めていた。

 

 

 

  ―  9人目。  

どん底の、それこそ最低以下の日々の中 ― その存在は皆の希望だった。

密かに そして練りに練った計画の要となる存在だった。

その人物が今 ・・・ 自分の目の前に現れようとしている。

彼女は 自らの全ての能力をフル活用したい誘惑と必死で闘っていた。

 

    ザザザ ---- ・・・・ ザ ッ ------

 

大波が行き過ぎ 波の間からちらり、と赤いものがみえた。

  おお ~~ ・・・ 海岸に居並ぶ人々の間から言葉にはならないどよめきがあがった。

 

      そうね。  皆 待っているわ。

      最新型 の登場を。  その素晴しい性能を検証するために

  

      そのチカラを得て  ―  脱出するために ・・・!

 

彼女は固唾を呑んで 見詰め続けた。

 

   ザバ ・・・  ザブ ザブ ザブ ・・・・

 

ソレは波間に立ち上がるとゆっくりと歩き始めた。

 

      来たわ - !   ロボットみたいな外見・・・とは違うのね

      セピアの髪 ・・・ 皮膚は  あら 有色人種 ? じゃあないのかも・・・

 

       ―  え ?   似てる  かも ・・・  兄さん  ・・・ !

 

まともに西日を受けて ソレは顔を顰めている。

まだ年若い青年らしく端正な顔だちだ。  しなやかな身体つき、で腕脚が長い。

 

      ・・・ ああ ・・・!  兄さん ・・・ 兄さん・・・!!!

      ジャン兄さんも  ・・・ あんなカンジだった  ・・・ 

 

≪ 痛イヨ。  モットソット抱イテホシイ  003 ≫

腕の中の赤ん坊がもぞり、と動き、同時に頭の中で言葉が響いた。

≪ ・・・ あ。  ごめん ≫

咄嗟に 同じく頭の中で返事をしたのは 我ながら満点だと思う。

 

      いっけない ・・・ !

      ふふ ・・・ 兄さんとよく似たヒトを見て 油断したわね

 

      ほら しっかり003。  脱出劇の始まり よ ・・・!

 

003 は ごく自然な動きで 001 を抱きなおし さり気なく身体の向きを変えた。

 

    ―  カチャ ッ !!!  仲間たちの銃が音をたて 状況は一変した。

 

「  あなたもこちらへ いらっしゃい? 」

柔らかく言った言葉に 青年はこちらを振り仰ぎ彼女をじっと  じ~っと 見上げた。

 

      こうして  彼女は  彼 と出会ったのだった。

 

 

 

 

どん底人生の中  彼の笑顔に救われる。 しかし時に腹立たしくもなる。

 

      どうして!?? どうして ・・・・ 笑ってなんかいられるの!

 

      なぜ!  そんな理不尽なことをした相手に  怒らないのよッ!?

 

彼は 優しい。  文句なく優しい。  それでいて優柔不断ではなかった。

「 ここで  待っているんだ! 」

「 ・・・ で でも ・・・ わたしがサーチ  しないと ・・・ 」

「 よせ!  003! きみはきみの傷のことだけを考えてろ! 」

「 あ・・・ 009 ・・・! 」

ヤツらから脱出するときも そして その後の様々なミッション中でも 酷く怪我をすることがあった。

そんな時 ― 彼は 冷酷なまでのサイボーグ戦士となり、目覚しい活躍をした。

「 ひえ~~~  おっかね・・・ ヤツが敵じゃなくてよかったぜ・・・ 」

「 ああ。 マドモアゼルが狙われた、と知った途端に  だものなあ。 変身かい アレは。」

「 獅子奮迅  八面六臂  君子 豹変す ・・・ってコトあるネ~~ 」

「 ・・・ 怖ろしいヤツさ。  アイツは底抜けの優しさと絶対0℃の冷酷さを持っているな。 」

それまで膠着し、攻め倦んでいたミッションは あっという間に終了した。

それも ― 彼が圧倒的なツヨさで敵を殲滅したのだ。

「 そういうことだから。  マドモアゼル~~ オヌシは傷の養生に専念するがいいぞ。 」

「 ありがとう グレート ・・・ でも ほんとうに ジョーが?  」

「 ああ。 本気で怒ったときのアイツは ― 誰よりも強い。 」

「 え ・・・ ?  それは ・・・ ジョーが 009 だからでしょう? 最新式 ・・・ 」

「 いや。 能力の問題じゃないんだ。  009の逆鱗に触れてしまったら ・・・

 まあ トラの尾を踏んづけてしまったら  ― アイツは敵のことは一切考慮しなくなる。

 考えるのは ただ一つ。  ― 敵の殲滅 さ。 」

「 ・・・ そ そんな   ジョーが まさか ・・・ 」

「 その まさか、 なんだ。 いつもの ジョーの甘さ が一転、強みになる。 」

「 強み ?? 」

「 ああ。  その意味でもアイツは最強のサイボーグだな。 」

「 ・・・ そ  う ・・・? 」

「 そうさ。  だからともかくお前はさっさとその怪我を治せ。 」

「 ・・・ わかったわ 」

たびたび漏れ聞く仲間たちの言葉から < アイツの強さ > を伺い知ることができた。

 

   009は 切れると怖ろしいほど強くなる。

 

「 ・・・ そうなの?  とてもそんな風には思えないんだけど ・・・ 」

彼女はこそっと溜息なんぞも吐いてみる。

 そう・・・ 彼はいつだって 優しい。  彼女からみれば歯がゆいほどに 優しい。

その優しさがホンモノであることも 今では彼女はよ~く知っている。

彼女だけにではない、全ての命に対して、彼は限りなく優しい。  

「 ずっと共に闘っていたころには あまりよく判らなかったけど・・・

 今は 本当の彼がよくわかるわ。  彼は ・・・ そうね、王子サマなのよ。 」

一つ屋根の下に住み、そしてついに ( というか やっと ) 一緒になり、最も身近な存在となり

  ― 理解した。

 

そう。  彼は 自分を犠牲にしても愛する者の笑顔を見たい ・・・ のかもしれない。

 

「 でも わたしは ―   そんな風に護ってほしくなんか ・・・ ないわ! 

 わたしは。  愛するヒトと一緒に闘い 一緒に泣いて 一緒に笑いたい ・・・! 」

フランソワーズは いつも密かに思っていた。

 

 

 

「 ・・・ ただいまァ  ・・・ 」 

 ガチャリ ・・・ と玄関のドアがあき、 重い足取りで彼女は帰宅した。

 

  あ  お帰り ~~~  今 御飯 つくってるよぉ~~

 

爽やかな声がキッチンから響いてきた。 声にほんのちょびっと遅れて  

ほわ~~ん ・・・・ と 食欲を刺激する香りが漂ってきた。

「 うふふ ・・・ 美味しそうな匂い~~♪  晩御飯はな~にっかな♪ 」

よいしょっと重たいバッグを持ち上げ 彼女はのろのろとリビングに入っていった。

「 おかえり~~ お疲れさまあ~ 」

「 ただいま ・・・ あ~~~  もうダメ~~ 」

バッグを床に置き、彼女はぼすん・・・とソファに座り込んだ。

「 もうすぐ晩御飯 できるよ~   どうだった? りはーさる初日。 」

「 え~~ ・・・ もう大苦戦 なの ・・・ ふう~~ 」

「 ふうん ・・・ それでそんなにバテてるのかあ~~ 」

「 う~~ん ・・・ブランクはキツいし。  身体がなかなかどうも ・・・ ね?  」

「 え。 だって ぼく達は ・・・ 」

「 ええ そうよ、サイボーグ。   生身の人間よりもずっと身体機能は上・・・でしょ。 」

「 ・・・ そうだけど ・・・ 」

「 でもね。  それは武器としての機能だけ だわ。 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

ジョーは とても悲しい顔で彼女を見詰めている。

「 ジョー ・・・ そんな顔 しないで? わたし、ヤケッパチで言ってるのじゃないわ。

 ただ ・・・ う~~ん ・・・ 苦戦しているのよ。 」

「 苦戦? 

「 そ。  自分自身の身体とのバトル かしら。

 頭からの司令を きちんと身体が実行できるか って闘っている・・・のね。 」

「 あの ・・・ バレエのレッスン ・・・ じゃないのかい? 」

ジョーは手にお玉と菜箸を持ったまま おそるおそる訊ねる。

「 え ?  もちろん~~ レッスンよ。  うふふ ・・・ ヘンな言い方したかしら。

 つまり ・・・ バレエ用に身体を作り替えてゆくの。   レッスンで 」

「 ・・・ へえ ・・・   そうなんだ?  大変だね。 」

「 ええ。 でもそれをしなかったら何も踊れないの。 立ち止まったら ― そこまで なの。 」

「 ふうん ・・・ あ! いっけない~~ 料理の途中~~ 」

ジョーはあたふた ・・・ガス台の前に戻った。

「 うふふ・・・すご~~~くいい匂いだわ♪  すぐに手を洗ってくるわね。 」

「 ・・・ あ~ 焦げてなかった・・・ うん! もうすぐできるよ~ 」

「 じゃあ 博士にも声をかけておくわね。  どうせずっと研究室、でしょ? 」

「 あ 博士ね~ 今日はコズミ先生のとこなんだ。 遅くなるって・・・ 」

「 ああ そうなの? じゃあ 二人っきりの晩御飯 ね♪ きゃ♪ 」

「 えへ ・・・ そうだね~~♪ 」

「 ねえ?  疲れて帰ってきても美味しい御飯が待ってるって 最高ね♪ 

 ああ~~ もう~~ ジョーと結婚してよ~かった♪ 」

「 えへ ・・・ ぼくだってさ。 きみの笑顔でぼくは元気になるから。 」

「 ・・・ わたし 最高にシアワセ♪  ・・・ んん~~~♪ 」

「 !?  う わ ・・・  ・・・ んんん ・・・・  」

フランソワーズは 短くジョーの唇にキスを落とすと、ご機嫌ちゃんで手を洗いにいった。

「 ・・・ え へへへ ・・・  シアワセだ~~ぼく ・・・ 」

 ― 多少 男女が逆じゃないか・・・って気もしないではないが。

まあ ともかく二人もシアワセ気分一杯~~ な 新婚サン ・・・ なのである。

 

 

「 ・・・ ん~~ 美味しい!  このエビの辛いの、すごく美味しいわ~~ 」

「 あ  海老チリっていうんだよ。  この海老、海岸通りの魚屋さんで買って 」

「 エビもぷりぷり~~ だし。 すごい ジョーってば。 」

「 え へへ ・・・ そう? 」

「 うん!  ・・・・ んんん ・・・ このピーマンと牛肉のも 超~~おいし♪ 」

「 あ ちんじゃおろうす~ っていうんだ~  これはね、大人直伝で 」

「 ピーマンのしゃきしゃきがちゃんと残ってて でも肉にはしっかり味がしみてるし。

 ジョー ・・・ 本当に料理の天才じゃない? 」

「 え へへ ・・・ そう? 」

「 ええ! ・・・ あ  このサラダ ・・・ ウチの野菜でしょ?  おいし~~ 」

パリパリパリ ・・・  気持ちのいい音をたて彼女はあっという間に平らげてゆく。

「 そうだよ~~ ほら ウチの裏庭の温室の野菜さ。 

 前にきみに教わっただろ?  あれこれとってきて ・・・ さっとドレッシング 」

「 ああ ・・・ 美味しくてシアワセで溜息 でちゃう~~ 」

「 え へへ ・・・ そう? 」

「 そう!  わたし ほっんとう~~に ジョーと結婚してよかったわあ~~ 」

「 うん ぼくも さ♪ 」

 

     ああ   このヒト。  本当に シアワセ配達人なのねえ 

 

にっこり笑うジョーを これまた笑顔満載で見詰めつつ ・・・フランソワーズはこそ・・・っと

心の内で呟いていたのだった。

 

   ― まあ ・・・ なにはともあれ ご本人達がシアワセ満載ならなんだってオッケ~ なのだ。

 

 

 

  コツ コツ コツ ・・・ コツ ・・・?

 

躊躇い勝ちな足音が行ったり来たりした挙句に ようやっと入り口から入ってきた。

「 ・・・ え~と ・・・ ここ だよなあ・・・? 」

ジョーはまだきょろきょろしつつ少し重いドアを開けた。

 

   ・・・ ふうん?   あ ・・・ ピアノの音 ・・・?

 

そこは少しだけ広がった空間で誰もいないカウンターがあり どこからか微かにピアノの音色が

流れてきていた。

「 ・・・ あ  あの~~~ ? 

誰もいないカウンターの前で ジョーは首をさし伸ばしおずおずと声をかけた。

「 あ  はい~~ 今ゆきますよ~~ 」

奥に見えたドアの向こうから声が聞こえ ―  女性が出てきた。

「 はい?  ・・・ あ 案内書ですか? 」

「 あ ・・・ いえ あの ・・・ あの~~ こちらに来てる者に忘れ物を届けにきたんですが・・・ 」

「 忘れ物?   あ どなたにですか。 」

「 え~~ あの~~~ ぼくの妻です! 」

「 ・・・ は?  あ  ですから その・・・ お名前は ? 」

「 あ !   はい ふらんそわーず ですが ・・・ 」

「 ああ フランソワーズさんでしたら ・・・ 今 リハーサル中ですので ・・・

 少し待っていただけませんか。 」

「 はい。 」

「 ああ よかったらご覧になります?  スタジオの外からですが ・・・ 」

「 え。  見てもいいんですか。 」

「 ええ。 窓越しでよろしければ。 」

「 はい! はい  是非是非~~ 」

「 じゃ ・・・ え~と・・・ Cスタですから。  この廊下の突き当たりの右側です。 」

「 は はい ・・・ありがとうございます! 」

ジョーは ぺこり、とお辞儀してついでににっこ~り笑顔を残し そろ・・・っと中に入っていった。   

 

今までのジョーの認識で < バレエ > とは ・・・

女の子が円盤みたいにひろがったスカートで ひらひら~~ぴらぴら~~ 踊る はずだった。

くるくる沢山回ったり、 細くて長い脚を耳の横まで上げたり  時にはジャンプしたり。

儚げで キレイで ―  甘ァ~~~い・砂糖菓子 ・・・ みたいなモノ だと思っていた。

実際 ・・・ 小学生のころ、たまたまテレビでちら・・・っとだけ見た  < バレエ > は

白いひらひら~~な衣裳のお姉さんたちがたくさん ひらひら動いていたっけ。

だから ― 

   

     バレエ・ダンサーになるのが夢だったの ・・・ 

     もう一度 踊りたい・・・!  踊るだけでいいの

 

     うん!  きみもきみの夢を追えよ!

     ステキだなあ~~ 応援するよ!

 

と 頼もしく励まし ― 彼女がひらひら・・・踊る様子を想像しにっこ~りしていた ・・・のだ。

 

  ―  が。

 

「 え~   こっち かなあ?   あれ 誰もいない   ・・・ ふうん ずいぶんひろ~いんだなあ

  ここでひらひらするのかな    え~とぉ  Cスタ  とか言ってたなあ~  」

ジョーは きょろきょろしつつ 廊下を進んで行く。

 ― すると 突然    

 

      バン!     きゃ!   あ ごめん!    

 

なにか床に落ちる音がして 若い男女の声が被った。

 ・・・  事故か?   彼のカンが 現場 へ速やかに案内した。 すぐ先にドアだ。

「   あの !? 

ドアは細目に開いているだけだったが ―  なぜか蹴破って飛び込む    のは躊躇われた。

ジョーは横の大きな窓から中をそっと窺った。

他と同じにがら~~ん とした広い部屋に  一組の男女が いた。

 

     ・・・ あ ・・・ 別に事故とかじゃ ない ・・・?

 

少し安堵したが 窓越しにでも伝わってくる雰囲気は  ぴんぴんに緊張し   最悪

床には女性が妙な格好で座っていて  男性が慌てた様子で手をさしのべる。

   ごめん   大丈夫?  

  大丈夫。   わたし、タイミング 違うって言ったわ。  」

女性はひどく押さえた調子で答え ゆっくりと立ち上がった。

  う   ん ・・・    ごめん。オレが間違ってた。 

  わかってくれればいいのよ。   さあ もう一回やりましょ   」

「  うん    あ  けど ホントに平気?  ごめん ・・・ 派手に落としちゃったし ・・・ 」

  だ~いじょうぶだって。   オバサンは強いのよ~  」

彼女は笑って立ち上がると ぽんぽん  と自分の臀部を叩いた。

「 ―  すいませんでした!  」

「 もう気にしてないわ。  さ 続けましょ。 」

「 おう。 」

彼女の笑顔は  爽やかで明るい。

 

         すげ   

 

ジョーは 声は勿論 動くことも出来ずに ただただ中の二人を見つめていた。   

 

      あの笑顔  ―  ぼくの知らない 笑顔 …!

 

なんだか 心をどん! と撃たれたみたいな衝撃だ。 ショック、なんてもんじゃない。

踊っている女性は間違いなく ジョーの最愛の 新婚の 新妻   なのだ。

だが しかし。 今 目の前に見える彼女は ジョーが全く知らないヒト に思えた。

ともに生死をかけて戦場を駆け抜けてきた同士  なはずなのだが。  

生涯と共に・・・と誓ったパートナー な はずなのに。 

 

       ぼくは  こんなきみを 初めて知った    

 

感動しているのか 驚愕しているのか よくわからない。 ジョーはただただ見つめていた。

呆然と立ち尽くす部外者 なんぞに気付くはずもなく、 二人のダンサーは リハーサルを続けてゆく  

ジョーにも少しは聞き覚えのある音が 流れてきた。

彼の概念にあった  ひらひら~~~ ぴらぴら~~ ・・・とは全然違っていた。

真面目な表情で 二人は手に手と取り踊っている。 とてもとても真剣なのはよ~~くわかる。

   しっかし。  目の前でジョーのオクサンは! 彼と同じくらいの年のオトコと!

 

   ・・・ なんだ なんだ なんだ~~ なんだってあんなに接近してべたべたしてるんだ??

 

若いオトコは彼女を高く持ち上げたり、ウエストの辺りを触って! くるくると回したり

きゅ・・・っと手に手を取ってリードしたり ・・・ しているのだ! 

そして 二人はコトある毎に熱いまなざしを交わしあう。

 

   !!!  こ  ・・・ これが  彼女の目指す世界 なのか ・・?!

 

「 ・・・ ぼくは ・・・ 邪魔な存在なのかもしれない  な ・・・ 」

 ― コトン。   彼は彼のオクサンの忘れ物を そっと入り口の前に置いた。

「 ごめん。 ぼく ・・・ 思い上がっていたのかも ・・・

 きみにはちゃんとパートナーがいるんだね。  気がつかなくて・・・ごめん ・・・

 きみと同じ世界に生きるパートナーが・・・  ああ ぼくは 思い上がっていたよ。 」

ジョーはそっと 本当にこそ・・・っと溜息を吐いた。

  とても 小さな吐息 ― でもそこには彼の万感の想い が篭っていた。

「 ・・・ こんなこと 言うの、 心が千切れるほどツライけど。

 けど ― ぼくはきみのシアワセが きみの笑顔が 一番大切なんだ。

 だから ・・・。 」

く・・・っと唇を噛み  ― ジョーは決して涙なんぞは零すまい、と決心し。

深呼吸をして やっと言葉を搾り出した。

「 う ・・・ きみはきみの望む道を歩みたまえ。  ぼくは ・・・ 退場するよ ・・・ 」

ジョーは足音を偲ばせ そっと ・・・ 稽古場を後にした。

 

 

 

「 ―  え ・・・?  なにを言っているの? 」

声が 怖い。

フランソワーズが本気で怒っている証拠なのだ。

しかし ジョーはとてもとても静かな微笑みを浮かべつつ ゆっくりと繰り返した。

「 長い間 勝手に勘違いしてて ごめん。  さあ きみはきみが望む道を進め。 」

「 ・・・ は ?   どういうことよ?? 」

 

クラスとリハーサルでクタクタになって  ― それでも地元商店街でジョーの好きなオレンジやら

晩御飯の食材を買って一緒にたべよう! と楽しみに坂道を登ってきた。

  ― そうしたら。   

ジョーは いつもの通り にこやかに玄関を開けてくれ、 やれやれ・・・と靴を脱いでいる彼女に

静かに、そして微笑みつつ言ったのだ。

 

     「 長い間 ありがとう。  きみは自由に生きて ・・・ 」

 

「 ???  」

一瞬、 居間のTVの音声が聞こえてきたのか?? と思った。

「 は??  いま ・・・ そんなメロドラマ やってたっけ?? 」

「 いや。  これはきみとぼくとの 短編ラヴ・ストーリー さ。  そしてもう完結したんだ。 」

「 ??  ジョー。  さっきからなにをぶつぶつ言っているの。 本当に大丈夫?? 」

「 大丈夫・・・ なわけないよ。  でも 決心したんだ。

 長い間 ありがとう ・・ ! シアワセになってくれ。 ぼくは ― 去るから。 」

「 ?? はあ ???? 」

フランソワーズはついにジョーを真正面からしっかりと見詰める。

「 ねえ!! いったい何を言いたいの?  どうしてほしいの?? 」

「 見学してたんだ。  きみの ・・・ ううん 君達の その・・・りはーさる ・・・ 」

「 ああ そうよ~~ 折角忘れ物、届けにきてくれたのに ・・・

 ジョーったら先に帰ってしまうんですもん。 でもありがとう! とても助かったわ。 」

「 ・・・ う   うん ・・・ 」

「 ちょっとは見てくれたの?  ねえ どうだった? わたし達、息があっていたかしら。 」

「 ・・・ ああ。 とてもシアワセそうだった ・・・ 」

「 あら ホント?  嬉しいわあ~~  熱~~いムードが足りない って言われてて・・・

 そういうのってテクニックとは違うでしょう? 難しくて ・・・ 」

「 大丈夫。  きみたち、とてもシアワセそうだった ・・・ 」

「 うわあ~ よかったあ~~ ジョーがそう言ってくれるとすごく安心できるわ。 」

「 ・・・ そうかい ?    じゃあ ―  さよなら。  シアワセになってくれよな。

 あ ・・・ ミッションの時にはすぐに駆けつけるから。

 遠慮ナシに呼んでくれ。  ・・・ じゃあ  な。 」

ジョーは またまたにっこりすると 小さな鞄ひとつ、肩に引っ掛け玄関から出てゆこうとした。

「 ??? ちょ・・・!  どこ 行くのよ?? 」

「 え?  ・・・ ああ まだ決めてないんだ。  とりあえず ・・・ 今日は大人のトコにでも

 泊めてもらおうかな って思ってるけど 」

「  ―  待ってよ。 」

 

  ―  バタン。  フランソワーズは 玄関のドアをしっかりと閉めロックした。

 

「 ?? フラン ・・・・ ? 」

「 ねえ 落ち着いてよ。  そして  なにがどうしてなんなんだか  ― 話してくれる。 」

「 ・・・・ え ・・・・ 」

「 さあ。  ここで いいから。 」

「 ・・・ あ  ・・・ う  うん ・・・ 」

フランソワーズは ジョーの腕をしっかりと掴み、玄関の隅に座り込んだ。

「 さあ 説明して。 なにかあったの? 」

「 ううん 別に。 ぼくがぼく自身の勝手な思い込みに気が付いただけだよ。 」

「 ― 突然 気がついたの? 」

「 え ・・・ ァ  まあ うん。 」

「 それってヘンじゃない?  普通に御飯とか食べて突然 < 別れよう > って思うかしら。

 ― スタジオで なにかあったのじゃない? 」

「 え。 なにも・・・ 」

「 じゃあ どうして黙って帰っちゃったの。 」

「 それは ― きみのシアワセを邪魔したくなかったから ・・・ 」

「 はあああ??? ( リハーサルを邪魔したくない ならわかるけど  なぜに シアワセ?? )  

ねえ だからどうしてそう思ったの。 そこを説明してちょうだい。 」

「 ・・・ きみ  いや きみ達 ・・・ とってもシアワセそう~に踊ってたよ。

 うん 見詰め合って その ・・・ 密着して高く抱き上げてもらったり ・・・ 息がぴったりだった。」

「 あら そう?  でもねえ 最初は失敗して落っこどされて ・・・ ってことじゃなくて!

 つまり ジョーは ・・・わたし達の パ・ド・ドゥ のリハーサルを見て < 別れよう > って思ったの? 」

「 ・・・ ウン。 きみのシアワセのために 」

「 ちょっと待って! どうしてソコに繋がるの? リハーサルが。 」

「 だから きみ達はとてもとてもシアワセそうだったから ・・・ 」

「 ―   は ・・・   参ったわァ ~~ ・・・ 」

フランソワーズは突然 頭を抱えて呻いた。

「 ・・・・? フラン? どうか したかい? 」

ジョーは心底心配そう~~に彼女の背を撫でている。

「 は ・・・  < オーロラの結婚 > ( 『 眠りの森の美女 』 第三幕のGP ) だもんね。

 シアワセ一杯 ・・・ に見えて当然 か。 」

「 フラン? 」

「 ねえ ジョー。  あれはね オハナシなの。 そして わたし達がくっついて見えたのは 」

「 仲良しだからだろ? 」

セピアの瞳が優しく そして ものすご~~く淋しく微笑んでいる。

「 く~~~~ だから  ・・・ う~ん 言葉で説明してもダメね。 そうだわ・・・ 」

彼女はすっくと立ち上がると ジョーの腕を引っ張った。

「 ちょっと ・・・ 付き合ってくれる。 」

「 ・・・ え? なに ・・・ 」

「 リビングに来て。 それで ちょこっと付き合って。 」

「 いいよ。  でも なにを・・? 」

相変わらず 無条件での < いいよ > な彼に ますます頭痛が酷くなった。

フランソワーズはコメカミを押さえつつ 彼をリビングに引っ張ってゆく。

「 ここ ・・・ 広くして。 ソファ、ずらせてテーブル片寄せて。 」

「 ・・・? いいけど ・・・  」

さすがサイボーグ ・・・ 彼はいとも簡単にリビングに空間を作ってくれた。

「 これでいいかい。 」

「 いいわ。   ねえ  見てたのでしょう? リハーサル。 」

「 あ ・・・ うん。 」

「 ジョーもやってみて。 」

「 へ???  なにを。 」

「 だから ジョーも 踊って・・・とは言わないわ。 リフトだけでいいの、やってみて。 」

「 りふと?? 」

「 そうよ、男性ダンサーが女性ダンサーを持ち上げること。 リハーサルでやっていたでしょ。 」

「 きみのこと、すご~く高く持ち上げたり 回したりしてたね。 」

「 ええ。  初歩の初歩 ・・・ 肩乗りリフト、やりましょ。 」

「 え。  こ ここで? 」

「 そう。  わたしのウェストを持って ジョーの肩に座らせて。 」

「 え?  き きみを持ち上げるの? 肩に す 座る??  」

「 そうよ。  わたしがジャンプのタイミングの声をかけるから ジョーは持ち上げて。 

「 わ  わかった ・・・ 」

「 先に言っとくけど。 本当は声なんか掛けないのよ。 」

「 う  ん ・・・ 」

ジョーはフランソワーズの後ろに立ち、おそるおそる彼女のウェストに両手を当てた。

「 いい?   ― はい! 」

「 !  え? え~~  うわ~~~ 」

軽いはずのフランソワーズ ・・・ そして 最強なはずの009の腕力 ・・・

なのに。  彼は彼女を50センチくらいしか持ち上げることができなかった。

「 あ ・・・ ごめん ちょっとタイミングがわからなくて・・・ 」

「 じゃあ もう一度。   ― はい! 」

「 うわ!?  え~~~い ! 」

「 痛 !! ちょっと~~! 」

「 あ ごめん!   あ~~~ ごめん~~~ッ 」

 ドサ ・・・!    ジョーは慌てふためいた末 彼女を床に放り出してしまった。

「 ごめん~~~ だ 大丈夫かい?? 」

「 ・・・ つ・・・ 平気よ。  さあ もう一度。 」

「 ・・・ わかった。 」

  

 ―  結局。  彼は彼女を目の高さまでも持ち上げることはできなかった。

 

「 ― わかった? 」

「 くぅ ~~~~  ・・・  」

「 だからレッスンして レッスンして レッスンして ― やっと踊れるのよ。

 簡単なリフトひとつだって真剣勝負なの。  」

「 ・・・ ごめん ・・・ 」

「 謝らなくてもいいわ。 知らなかったんですもの。

 でも !  妙な誤解はしないで。  シアワセな二人 を踊るのが 今度の仕事 なの。 」

「 ―  ごめん ・・・ 」

ジョーは すとん、と床に座り込んでいる。  顔を膝に押し付け抱えこんでいる。

「 ぼく ・・・ ホントに勝手に誤解して ・・・ ごめん ・・・ 」

「 ・・・ ジョー ・・・ わたしこそ ・・・ ちゃんと説明しなくて ごめんなさい ・・・ 」

「 フラン ・・・ 」

フランソワーズは 彼の乱れた髪を掻き分けた。

「 ねえ ・・・ ジョー? 」

「 ・・・ なに。 」

ジョーは 少しだけ顔を上げ ― その隙に彼女はすい・・っとキスをした。

「 うふ ・・・ 頑張ったわね・・・ 唇が熱い ・・・ 」

「 ・・・ ウン ・・・ きみの笑顔 みたくて ・・・ 」

「 そ ・・・ そうなの? 」

「 うん。 」

「 わたし ・・・ ジョーのこと、まだ全然知らないわ。 」

「 ― え? 」

「 たとえば ・・・どうして 普段、怒らないの??  ず~~~っと思ってたけど 」

「 ― 怒るのは  好きじゃない。   怒りは全ての破壊に繋がってしまう。 」

「 そんなこと ・・・ 」

「 知っているんだ。  皆が言ってること。 仲間たちが言ってるだろ。

 009が怒ったら ― 怖いって。  全てを殲滅する って 」

「 それは ―  ミッションの時 でしょう? 」

「 それでも! 怒りたくない。 でも。 ぼくは ・・・ ぼくは きみを護りたいんだ!

 きみの笑顔を護りたいんだ!!  ぼく自身はどうなってもいい。

 ぼくは  いつだってきみに笑っていて シアワセでいてほしいんだ。 

 だから ・・・ ミッションの時は ・・・ 」

「 ごめんなさい ジョー。  わたしだって ― 笑顔のジョーが好き。 」

「 あは ・・・ そうなんだ? えへ・・・ 」

「 ええ。  ジョーが笑顔でいてくれたらわたしもシアワセだわ。 」

「 うん ぼくも♪ 」

フランソワーズもすとん、と彼の側に座り込んだ。  隣の笑顔は見なくてもよくわかる。

彼女は こっそり ・・・ ほんとうに小さな溜息を吐いた。 そしてしみじみ ―

 

     ああ このヒトは。  幸福な王子  なのだ  

 

     あの身体中の全ての宝石も金箔すらも 他人に振る舞ってしまい 

     ガラクタ同然になっても  微笑んで処分されていった   

 

      ―  あの  幸福な王子 なのだ     と 思った。

 

「 ―  わかったわ。  じゃあ わたしは燕になって・・・最後までアナタの側にいるわ。 」

「 ツバメ??? なに、それ。 」

「 ・・・ とにかく。   愛してるわ ジョー ~~!! 」 

「 うひゃ?  うわ~~~ ぃ ~~~  あは  ぼくってやっぱすごくシアワセ~~♪ 」

 

     ―  幸福な王子  は 満面の笑みでそうのたまったのであった。

 

 

 

 

******************************   Fin   ********************************

 

Last updated : 06,25,2013.                              index

 

 

 

***************   ひと言  *************

う~みゅ ・・・ こりゃどう見ても 平ジョー ですかね

ヴェネチアでの RE:ジョー・・・でもいいかも~~~

ともかく ジョーの笑顔 って無敵だと思うのです・・・